土曜日



















































































黒く長い尾の先は蒼くゆらゆらと揺れ、同色の耳はピンと立てられている。
律先生の横から緊張した面持ちで自己紹介をする少年は、そんなに歳が離れていないことを告げる。
身長からして平均より幼く見える彼は、とても清明とひとつしか違わないとは思えなかった。
名前は確か、

「、」

最近立夏にその名前を聞いたとき、誰だかは思い出せなかった。
暫らくしてから、あぁ、そんなヤツに会ったことあったな、と言う程度。
俺でそれなら相手はなお更だろう。―――いや、逆に覚えているかもしれない。
なにしろ一緒に会ったのが清明だったから。あの人の印象は俺よりも鮮明に記憶に残るだろう。
それも含めて覚える、ありえる話だ。だからといって、名前、それも苗字まですらりと出てくるだろうか。










































今日は冬に珍しくまとまった雨が降っている。これはきっと夜半を過ぎてもやまないだろう。
道路の少しだけ落ち窪んだところには水が集まり小さな池を作っている。
足を突っ込めば靴の中まで進入してつま先を凍らせる。そのはずだ。現に俺の足は冷えてかじかんでいる。
それなのに、前を行く高校生はこの寒空に傘も差さずに、その上わざわざ水溜りのあるところを選んで歩いていた。
パシャパシャと水を気だるげに跳ねさせるそれは幼い子供のするそれに似ていた。
キレイなブルーグレーの制服に無残に泥が飛び散った。
よっぽどの物好きか、それとも変質者か。どちらにせよ関わりあいにならないほうが賢明。
そう、思ったのに。
彼は振り返った。
なにを思ったのか、水滴の滴る髪を揺らしてゆっくりと、疲れたような顔を肩越しにこちらに向けて捻らせた。

「・・・・・我妻、さん・・・?」

驚いたことに名前まで呼んだ。
よくよく見ると濡れそぼった髪は蒼みがかっていて、毛先が特に、耳の辺りにそれが顕著に現れていた。
その色から記憶の中で引っかかったのは、ただ一人。

「、・・・?」

恐る恐るその名を口にすれば、覚えててくれたんですか、とちょっと驚いたように儚く笑んだ。

「・・・何、してるんですか、こんな雨の中」

しばし話題に困った沈黙の後、ようやく会話の糸口を見つけたのか彼は尋ねた。
なにを、と聞かれても、これから家に帰るために歩いている、としか答えようがない。
そのまま口にすれば彼はそうですか、と会話をあっさり終了させてしまった。

「・・・君こそ、この雨の中傘も差さないでどうしたの?」

溜息をつきながら訊ね返せば、今度は困ったように頭をかきながら笑った。
まるでいたずらを見つかった子供みたいに。

「俺、っすか?ぁー、俺は傘忘れたんで、ついでに財布も忘れたんで、しょうがないんで傘無しで帰るとこっす」

まるで他人事のように言う彼に、なぜかちょっとムカついた。
それこそ他人事だというのに、だ。
そして口をついてでたのが、これ。

「うちが近くなんだけど、寄ってく?よければ、雨が止むまで」

何故こんなことを言ったのか自分でもよく分からないことに困惑しながら、遠慮がちに傘に入ってきた彼をつれて家路についた。こんなところで我妻さんに会えるなんて夢みたいだ、と彼は言いながら、傘からはみ出して歩いた。










「どうぞ。あんまりキレイじゃないけどね」

「お邪魔、しまーす・・・」

開け放ったドアからそろそろと中を窺い足を踏み入れる。
ほとんど知らない人、といってもいいのに。こうも簡単に人の家に入るなんて、無防備だな。
ずぶ濡れの背中を見つめながらドアの鍵を閉める。雨の音しかしない部屋によく響いた。
キョロキョロと辺りを見回して歩く姿は、やはりとても清明とひとつしか違わないとは思えない。
子供っぽいのは変わらないな、と溜息をついたところでその背中が急激に傾いだ。

「とゎっ!!」

何かに躓いたかのように前のめりになる身体を、コートのフードをつかんで引き止める。
床に落ちるはずだったは倒れそうな不安定なままで止まった。
深く息を吐いた。
の足元にはぴんと張られた細い紐。その片端をどこかに結んで、もう片方を自分で握っている子猫が一匹。

「・・・瑶二・・・」

「あぁー!また草灯じゃねぇっ!」

叫んだのは瑶二。フードをつかまれたままは身動きひとつしない。
動けないのか、動かないのか。

「・・・?」

「草灯っ こいつ誰!!」

「瑶二うるさい。・・・?」

うるさい瑶二を一喝して溜息をつく。
猫の子の様に首の根をつかまれたは、色白の顔をさらに真っ白にして穏やかな寝息をたてていた。





窓の外は真昼だというのに、夕方のように暗かった。








































050710
夢のような土曜日の真昼















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